↑ 本展示用として置かれた明野航空学校のAH-1S/73473
Page-14 (2022-Vol.2)
コロナ禍終息後、初めて開催された2022年の明野駐屯地祭、私が幼い頃、父が何年か勤務した地であり、亡くなった実弟の誕生の地でもあった。小さい頃は此処の駐屯地祭に毎回連れて行ってもらい、滑走路で火炎放射器の実演や、当時流行していたダッコちゃんの着ぐるみダンスなどのイベントが記憶にある。近くを流れる宮川の花火大会は当時から大勢の人で賑わっていた。しかし考えてみれば、航空機撮影を始めて以降は、学生時代も含め此処の駐屯地祭には一度も参加したことが無かった。時間もできたし、陸自航空のメッカである、懐かしの明野に行く事にした。
↑ 格納庫に収められた歩行学校所属のAH-1S/73456。 整備状態は非常に良好に見える。
Insignia of 5th ATH
↑ 2機の迷彩塗装を比べると、微妙に異なる部分が多い。恐らく機体の塗装では型紙を使ったブラシ噴霧が用いられるので、手作業のブラシ塗装に比べ、誤差が殆どでないのであるが、型紙の貼り位置の誤差などで違いが出るのであろう。
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観閲飛行終了後辺りからは小雨も降り出す天気となり、空は暗くなりランディングライトの光も眩しい。下段はAH-1Sの特徴でのある被弾回避の為に設計された細身のボディが良く判る正面系の写真。AH-1Sのファンはこの正面からの撮影が好きである。。
↑ 観閲飛行前に参加した3機のAH-1Sの1機 第5対戦車ヘリ隊の47号機(73447)。以前の名残か? 未だ識別用の白いナンバーを付けていた。乗員は全員マスク着用である。よく見ると47号機 上下のワイヤーカッターが無い。
↑ 午前中は晴れ間が出ていた。しかし早朝はエプロンからランウェイ方向は逆光となるので、午後からの順光時撮影に期待したい所であったが、光線が良くなったところから、天候は急速に悪化して行った。
(JG-73484)
(JG-73473)
↑ 2022年の明野駐屯地祭には2機のAH-1Sが展示され、うち1機はTOWミサイル筒のアーミング実演用であった。こうした展示では主に演習で撃ち終わった訓練弾の筒が使われる。実演用に展示された第5対戦車ヘリ隊のAH-1S/73484
↑ 2022年の項最後を飾るのは、同年12月に行われた木更津市と陸自木更津駐屯地の合同イベント 防災展である。同駐屯地も長い間 コロナ禍でイベントが中止されていたが、防災展を契機に駐屯地の観閲飛行も開始された。但し 駐屯地の一般開放は見送られ関係者のみとなっている。私は基地の外から、この観閲飛行の訓練風景を狙う事にした。2022年12月の観閲飛行では、AH-1S/73467 1機のみが参加した。
↑ 観閲飛行終了後、各機は来賓の前を低空でホバリング通過して行った。明野飛行学校のAH-1S/73437。
↑ 同じく観閲飛行前に参加した第5対戦車ヘリ隊のAH-1S/73492 92号機。以前の名残か? こちらは識別用の白いナンバーが消されていた。実戦部隊では白いナンバーは迷彩効果を減衰させるため理想的ではない。最終生産機である92号機は、恐らく配属以来ずっと明野かもしれない。